今日のホームルームは和歌山県立医科大学で保健看護学部の講師をされている岡檀(まゆみ)さんのお話。岡さんは「前向きがいちばん!」とは思っていなくて、だからといって「後ろ向きがいちばん!」と考えているわけでもないというどっちつかずの気持ちのまま今回の原稿を書いていったそうだ。

 そこで彼女がまず頭に浮かんだのは、四年間にわたり調査を行ってきた徳島県旧海部町のことである。太平洋に面した小さな町で、産業の衰退や少子高齢化という問題を抱えながらも、この町は「日本で“最も”自殺の少ない町」であるそうだ。その要因は何かを調査していくと、町の人たちが特に嫌うのが均質化と硬直化、すなわち、コミュニティで共に生きていく上での息苦しさを取り除き、心地よく暮らしていくための秘訣を追求することである。興味深いことに、この町でのアンケート調査において周辺の町と比較すると海部町住民の幸福度はもっとも低いという結果に。自殺が少ない=幸福であるというのではなく、この町では「幸せでも不幸せでもない」という答えが一番多かったそうだ。こう考えることで「幸せでなくてはいけないという脅迫観念、今は幸せでも不幸に転落するかもしれないという恐怖感」から解放され、どちらでもないという状況に安らかさを感じるのだという。

 海部町の住民にとって大事なのは、幸福であるということよりも決して不幸ではない、極端に不幸を感じる人を作らないように気をつけることである。硬直化を避けることが心の“健康増進”にいかに大切かを岡さんは気づかされたそうです。

 少し話がそれるが、「幸福」という言葉でアジアのある国家が頭をよぎる。「国民の幸福度が97%」(2005年の調査による)という触れ込みで日本でもブームとなったブータンという国だ。ブータンはヒマラヤ山脈南麗に位置し、経済的には今のところ発展途上国として認知されている国だが、政府の方針としてGNH(国民総幸福量)の成長を掲げ、経済の発展を最重要視する近代社会とは一線を画す国家の成長戦略を打ち出している。そのブータンで5年に一度実施されている調査において、2005年は国民のなんと97%が「幸せである」と答えている。これは日本でも話題となり、ブータン=幸せな国として各メディアに大きく取りざたされていたことは記憶に新しい。しかし5年後の2010年にはその割合が41%にまで落ちてしまった。このことは日本でもテレビ等で取り上げられたが、実はこういうからくりが。2005年の調査では「幸せでない」という回答以外は全て「幸せである」とカウントされていたために97%が幸せであるという結果に。ところが2010年の調査ではそこに「少し幸せ」という項目が加わり、それは「幸せである」とはカウントされなかったために41%と数字が落ちてしまった。その事実をどうとるかは色々あると思うが、私はそれでもこの国は国民の大多数が良い精神状態で生活を営んでいると感じる。海部町住民の調査で幸せではないけれど不幸せでもないという回答が多かったのと同じ理屈である。押し寄せる近代化の波や都市部と農村部での生活格差問題、さらには民族問題と今後の課題も抱えているブータンではあるが、これからどのように成長していくのかが大変興味深いと感じた国でした。

 「前向き」であるべきだ、そうでなくてはならないというある種の強迫観念にとらわれて考えが凝り固まってしまうのは愚かなことだ。海部町の人たちのような弾力性に富んだ考え方で日々をすごす、あるいはブータンの国民たちのように経済発展ばかりに捉われずに自国の伝統文化の保護、継承や自然環境の保護を第一に考え精神的に豊かな生活を送ることにより、人生はより豊かになるのではないだろうか。

   (人生の豊かさとは「幸福だ」と感じるよりも、「不幸でない」と感じることが大切であるように私は思えるのだが・・・)

「前向き」という言葉をただ「幸せである」という意味で捉えるのではなく、弱音を吐くことだって「前向き」の範疇である、そのような概念を示す言葉として使えるのなら、岡さんは「前向きがいちばん!」と言えるそうだ。考えを柔軟に、偏った考えをせずに心を常にニュートラルに保つことが大事なことだと教えてくれた、そんなお話でした。