今日のホームルームは、最近ダウン症児の書道家として有名な金澤翔子さんのお母さん、金澤泰子さんという方のお話です。彼女は1985年に女児を出産しました。その子が翔子さんです。彼女はダウン症児として産まれました。一般的にダウン症児は障害者として見られることが多く、金澤さん自身も思い悩んでいたことがあったかもしれません。数年前出生前診断が話題になったことがあります。妊婦の血液から胎児にダウン症などの染色体異常があるかを調べることができるのです。さらには異常があった場合の堕胎の是非について一時喧伝されたことがありました。世の中で他人の行動の是非を云々することは難しい点がありますが、医師を志す人にとっては考えなければならないことではあると思います。

 なお今の認識では、ダウン症は「発達が緩やかなことなどの影響はあるが、病気ではなく生まれつきの特性(性格や体質のようなもの)のひとつと考えたほうがいい」という風に変わってきているようです。「障害」と捉えるのではなくて「個性」と捉える時代がもうすぐそこまで来ているのかもしれません。私自身もこのことについて考え方を改めなければならないのかなと考えさせられました。

 そこでこんなエピソードが。夕暮れの道で、金澤さんの後を翔子さんが自転車のランプで照らしながらずっと付いてくる。いくら自転車で先に帰りなさいと言っても、叱っても付いてくる。そこで翔子さんが「お母様を照らしているのよ」と小さく呟く。夜道で黒服を着ていた母親を守るために、叱られても懸命に黙って後ろから照らしていたのだ。翔子さんは今までにも人に与えて与えて、叱られてもなお与え続け、しかもその行為を認められることも無く佇んでいるという事がよくあったそうだ。与えても何も求めないこの思いはまるでマイナスばかりを引き受けているように思えると金澤さんは感じていたそうです。

 しかしこのごろ金澤さんはこの行為を嘆かなくてもよいと思うようになりました。翔子さんが5歳から始めた書道の腕前が認められ、2005年には初個展を開くまでになり、その後も全国で個展や席上揮毫を行うまでになりました。その場で周囲の人々から惜しみの無い賞賛を浴びる翔子さんを見ると、金澤さんは「与えるだけが人生の翔子に、天上から飛び切り大きなご褒美が降りてきた。」と思うようになったのです。たとえ何らかのハンディを背負って産まれても、思いを持って育てれば一人の人間として立派に生きていける。それを示してくれた素晴らしいお話でした。